ピア(同士)はとても重要です、とおっしゃっていました。
私たちは、ある時期から親や先生に反抗し友人だけの世界に魅力を感じ、精神的に自立していく過程があるけど、障害をもつ人たちは、親や先生、施設等の職員がいない、自分たちだけの空間というものはまずない、必ずといっていいほど保護され続ける。(もしかしたら必要以上に?)そういう長い経験から、本当の自分をさらけだすということができなくなり、いつも、周りの人の顔色を伺いながら生活している。本人たちはそれを「抑圧」(!)とも言っています。
でも、親や周りの人間の立場から言えば「それは仕方がないこと、放っておけないんだから」ということになります…。
障害をもっていても大人になって、ピアカウンセリングに参加すると、徐々に気持ちが解放され、人が変わったようになる、知的障害者があって言葉がない人でも、表情などでそれがわかる。障害が重いからといって開放感を感じないということはないと断言してもいい、ともおっしゃっていました。
わたしたち親は、何も悪くしようと思って子どもを過保護にしているつもりはないけど、でも将来間違いなく親以外の人間の介助は必要で、それが今からわかっていて、かつ時代が変わってきて、サポートしてくれる場所が身近にあるのだから、同士は無理でもせめて「友だちに近い人たち(?)」との関わりを少しでも多くもち、その「抑圧(…とは思いたくないけど)」から少しでも放たれる時間を経験させてやれたらいいのかな。「障害が"障害(バリア)"になってしまうのは、親の責任でも本人の責任でもない、社会の責任だということはわかりきっている、親を恨んだり自分が生まれてきた事を恨むことは間違っているのです」と障害者本人たちが言っています。
親から離れる事のメリットは本人にもあるけど、親自身にもある。(学校以外で)離れている間の、自分の時間を有効に使う。それは後ろめたい事でも何でもない。抱え込まず力を抜く事は、いい影響として必ず子どもに伝わります、というのもご本人のお話でした。
それから、ぜひ、親自身が障害をもつ人との関わりをもち、違う視点があるということを知って欲しい、とおっしゃっていました。
それともうひとつ。子どもが大人になったら、異性への介助(お風呂とか)は親でもやめて欲しい…と。これについては賛否あると思います。自分自身ピンと来ないし、じゃあ毎日の生活の中で実際どうするの?ということになる。ただ、こういうことをおっしゃる理由として、自分自身も女として見てもらえず悲しい経験をしてきた、という背景があり、切実な思いであることは事実なんです。そこを理解していただきたいと思います。
※ピア・カウンセリング…〔ピアは仲間,同等の人の意〕同じ職業や障害を持っているなど,同じ立場にある仲間同士によって行われるカウンセリング。