むか〜しむかし、といってもそれは遥かな未来でもあるのですが、あるところに小さな小さな森がありました。この小さな森にはもっと小さなアリとコオロギとテ
ントウムシが住んでいました。この三匹はほんとうはとても素直で思いやりがあるのですが、考えるようになり、観念をもつようになり、それが少し膨らみすぎたのかいつも喧嘩ぱかりしていました。その様子をみていつもため息をっいていた一滴の雫はある時、意を決して三匹の前に姿をあらわしこう言いました。
「みなさん、わたしは夜明けの雫です。わたしのことはご存じでしょう」
「ええ!あの、あの雫なのか!」
突然あらわれた雫をみて三匹は、驚きの声をあげました。無理もありません。この森に伝わる伝説のひとつに、それを手にすれば恐れも不安もなくなるという雫の話がありました。それが『夜明けの雫』なのです。
「わたしは皆さんに、わたしを射止めるチャンスを与えるためにきました。わたしは普段どこに在るのか、正しく言い当てた者の懐にわたしは抱かれましょう」
三匹は首をひねり、空を仰ぎ、それから答えました。
「雫はむかしからここにいた。そしてこれからもここにいる」
と少し哲学をかじったことのあるアリが自信ありげにいうど、コオロギも負けじと詭弁を弄します。
雫はいまだかつて存在したことなどないし、これからも存在しない」
これに対し活字をみただけで鳥肌の立つテントウムシは焦りを感じ、虚勢を張っていい放ちました。
「あんたたち馬鹿ね。難しい言葉を並ぺればいいってもんじゃないのよ。しずくは、しずくはね、しずくなのよお〜!」
これを闘いてアリとコオ日ギは内心にやりとしました。これでライバルがひとり減ったと・・。
「みなさんの答は確かにききました。わたしは明日の朝、正しい答をだした者のもどへ訪れます。その返答を何の判断もなく受け入れたならわたしは、その方のもとに永遠にどどまるでしょう。しかしもし判断を差しはさんだら、その瞬闇にわたしは消えます。では、明日」
次の日、アリが有頂天になって巣から駆け出してきました。「それ見たこどか!やっばり俺が正しかったんだ!」
そこにコオロギもやってきました。神はちゃんとみていてくださる。わたしが正しいことが証明された」
テントウムシも自己陶酔にひたって踊っています。
「あの二人ったら〜ざまあないわ〜少わたしはい〜つでも〜ぶ正し〜きことだけを〜するのよ〜少」
この三匹は浮かれていて相手の存在が目に入らず、ぷつかってはじめて気づいたのです。
「やい、コオロギ、テントウムシ、よく闘け。雫は今朝、俺のとこにきた。結局おれが正しかったわけだ」
「なにを言ってるのかね、君は。雫はわたしの胸に飛ぴこんできた。正しかったのはわたしだ」
「冗談じゃないわ!しずくは私が抱いてるのよ、あんたたちって大嘘つきね!」
この結果、皆さんも想像がつくでしょうが、言い合いから言い争い、そしてやんややんやの殴りあいとエスカレートしていったのです。
「よし。それなら証拠の雫を見せあおうじゃないか」
とアリがいったので、各自とりだそうとポケットをまさぐりましたが見当たりません。
「あれ、ない!どこいったんだ!」一「これは変だ。今の今あったのに」
「おかしいじゃないの、なくなるなんて!あんたたちが盗ったのね」
「それはこっちのセリフだ」
この結果、皆さんも懲りずに何度も経験しているように喧嘩になりました。が、そのとき、熱を冷ますような笑い声が響きわたりました。声の持ち主は、三匹のいる真上の葉っぱに腰をおろしている雫でした。
「言ったはずです。わたしのだした答にあなたたちが判断をくだしたら消えると」
「しかし納得がいきません。私たち三匹のもとにあなたは現れたようですが・・」
「言った通りです。正しく言い当てた者のところへ赴いたまでのこと」
rでも納得できないわ。アリかコオ日ギが正しいどいうのならまだしも」
ここまで闘いていて雫の目から涙がこぽれ藩ち、それが炎となったのです。
「あなたたちの目は何を見ているのです!あなたたちの耳は何を聴いているのです!自分は正しいと感じるとき、気分はいいでしょう。自分が正しいと思えるとき、力を感じ、それが安定をもたらすようにみえるでしょう。でもいいですか、あなたが正しいとき必ず間違っているものがいる。そのときそこに深い溝が広がる・・
・・。あなたたちが自分は正しいといっているあいだ、憎み、けなし、蔑み、争う――こんなことをあなたたちはしたいのですか!正しさのために相手をやりこめ、おとしめる、これが正しいことですか!」
三匹はなにも言えませんでした。自分の目が‘自分は正しい'という考えに曇らされ、‘あいつは間違っている'という思いこみに耳が塞がれていたことがいまこの時、はっきりと自覚できたからです。そうして三匹は誰からということもなく手をどりあい、自分の態度を詫ぴました。それはそうしようと考えたからではなく、そうしをみ加まという義務感からでもなく、正しくても間違っていてもその相手を理解し受け入れようとする自然な気持ちからのものでした。
このとき、三匹をやさしい光が包んでいましたが、彼らはまったく気づいていませんでした。当然ですね。それを意識していたら光は消えてしまったことでしょうから。そうしてどのくらいこうしていたでしょう。ほんの一瞬かもしれませんし、キリンの首のように長い時間かもしれませんが、その様子を温かな眼差しで見守っ
ていた雫は、三匹には闘こえないほどの小さな声でそっと畷きました。
「わたしは正しい者や善い者にではなく、愛する者に嫁ぎます。すぐれた者にではなく理解しようと努める者と触れあうのです。なぜなら正しさや善行、有能さは差を生じさせ、人と人を隔てるものであるのに対し、愛は道徳や常識、規則や正誤などおかまいなしに全体を一つに結びつけることしか知らないからです」
それだけ言い残すと雫は葉からすべり落ち、三匹のなかへ溶け去ったのです。