みなさんにとって、理想的な未来の社会はどのようなものですか?
科学が今より発達し、まさにスターウォーズやアトムの世界ような科学文明が発展している社会でしょうか?それとも、古き日本や中国の原風景のような、のどかなゆったりと時間の流れる社会でしょうか?
いわゆる科学文明という、人類の「知」の産物は、私たちの現代に、いわゆる光と影をもたらしました。原子力の有効利用、地球温暖化、環境破壊等等。いずれは、現代の難病も最先端医学が解決してくれるかも知れません。しかし、多くの場合その「知」から湧き出る人間の様々な欲望は、人々の間に争いを生んでいます。自分のことのみを憂う社会、なんと醜いことでしょうか。人間の成長は、理性と知性そして徳性のそれぞれが、バランスよく育っていかないといけませんが、社会も同じであり、社会の欲望の「制御」(理性)と社会道徳の成熟(徳性)が、現代社会に足りないものであり、これから必要と更になるべきものです。
私自身は、物質社会による豊かさを否定はしませんが、現代の「勝ち組」「負け組」の二者択一に代表されるように、過度に金銭面のみで、人生の成功不成功を判断し、人の内面の成熟度合いを見落としつつある社会は、片寄った社会であり、バランスをとる必要があると感じます。その為に必要な作業が、「心の教育」という言葉に代表される「内面を磨く」作業であり、社会に生きる人として、必要な責任と義務を果たすことでしょう。勿論この内面を磨く作業は、中途半端にできるものではなく、ダイヤモンドの原石を研磨する作業のように、自らの直さなくてはならない点を、辛いながら、厳しくやっていかねばなりません。
ボランティア活動は、古き日本では、その活動は社会に当然に内包されていたものですが、過度に物質面が強調された社会に、「足りない資源」として発生した現代日本の産物と言えます。現代社会を、ゼロから作り上げるのではなく、今までの歴史を見つめなおし、いわゆる温故知新の精神を持って、直すべきところは改善し、捨てるべきところは捨て去り、よりより社会を継続的に発展させていく。物心両面において。
仮に社会に、「知性」と「理性」と「徳性」がバランスよく必要だとすると、現代社会に足りないものがおのずと見えては来ませんか?私たちが行っている、ボラ活動は、やり方によっては、その3つをバランスよくかなえてくれるものです。だからそこ、ボラ活動が必要でもあるのです。ボランティアをすることにより、自らの欲望のコントロールを知り(理性)、多くの見識を広め(知性)、他者を生かすという特性を身につけることが自然とできるのです。
さて、命題にもどって、どのような社会が理想か。
人と人との調和ある社会はどのような社会か。科学と心が調和された社会は来るのか。人の成長は、どこまでか。この答え無き道を私たちは日々生活しながら、模索しながら歩いています。個人で行う自己研磨と共に、いきなり大きいところからはじめるのではなく、身近なところから、人と人とが仲良く暮らせる、互いの短所をかばい合える社会を積み重ねることこそが、全体の社会の調和に結びつくと固く信じています。/熊川英輔