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巻頭言(「暖かい社会を求めて」)

桜の花々も散り、躑躅(つづじ)が香る季節となりました。暖かい陽光と慈雨の恵みにより草花は、自然のリズムにしたがって、毎年同じ時期に同じ花々を咲かします。不思議なことですね。寒い冬をくぐり抜け、毎年毎年桜は4月頃、躑躅は4月から6月頃、自然のリズムに合わせて花を咲かすのは。科学者はこれを機能的に探求し、詩人、芸術家はその感性を頼りに表現をし、宗教家は、神の恵みと感謝を人々に説きました。
「人」にも同じようなリズムがあるように感じます。生誕から老いを迎えるまでの過程において、さまざまな陽光と慈雨を受けて成長しますが、それぞれ花をたくさん咲かします。その陽光と慈雨は適度に与えられれば良いのですが、たくさんあげすぎたり、逆に少なすぎたり、また、暖かさが必要な時期に冷たい心だけを与えてしまってはすくすくと育つのは難しいのかもしれません。
現代社会においては、人と人との関わりが希薄になり、特に若い人の間では、目に見えない陽光と慈雨を気づくことができず、自分は一人だけで生きている錯覚を起こしています。この原因は学校教育の問題から家庭での躾(身を美しくする=しつけ)等いろいろ言われていますが、何よりも、自分はひとりで生きているわけではないということを強く知ることが大事なような気がします。自分自身のことを知ることも大事ですが、それ以上に、自分以外のことがら(人、動物、草花、その他存在するもの全部、目に見えない空気、太陽の光も含みます)に気を向け、そこから与えられているよう陽光と慈雨に「気づく」ことが大切になります。そこに存在するのに気づかない。。これは、本人の感覚訓練にもよりますが、その認知する力は本来人間が持ちうるもののはずです。
 この「気づき」の能力とそれに対して起こすアクション(これがまたほかの人にとっての陽光と慈雨になる)を、ひとりひとりが日々の生活の中で実行すれば、この荒廃してしまっている現代社会に少しは明るい光が見えるのではと思うしだいです。
ボランティア活動においても、子供が何を求めているか、彼らが発している陽光と慈雨は何なのか、私たちもまだ気づかずにいる状態です。でも、日々のかかわりの中で見つけ、それを糧にして、新たな陽光と慈雨を発することができればと感じています。一朝一夕にはならないものですが。
ともあれ、ボラ活動を現在しているみんなもそして、この会報を読む未来のボラ予備軍の方々も、日々の生活の中で、人とのかかわりの中で自分の役割を見つけ出し、共に頑張っていきましょう。それが、社会全体の成熟に繋がることを信じて。/プロペラ代表  熊川英輔