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poem

子供の時分には子供といることでしか学んだり得ることができないものがある。
そして子供の頃に子供らしいこと一一遊びやいたずら、嘘、朝寝坊、わがまま−−
といったことをまったく容認(黙認〕されなかったとしたら、
その人は大きくなってから自分自身を信頼するという骨の折れる作業をどうやって続けていったらいいんだろう・…
ありのままの自分を否定され、自らも否定し続けるなかで・…。
あなたは弱音を吐かないわね強いのね」
いいや弱みをみせられるほど強くはないだけだ」
人というのは何か変える必要があり
それを勇気をもって変えることで磨かれる
それとξもに変える必要があるにもかかわらず
変えることができない自分もいる
けれどそれを見つめつづけることでも
同様に磨かれているのではないのだろうか
人々はたずねる、rどこに住んでるの?仕事は何をしてるの?年はいくつ?
車もってる?・・・…etC」。まるで人間に付着した事物が大事で、人間そのもの
はどうでもいいみたいだ。
「どこに住んでるか、仕事は何をしてるかなんてどうでもいいの。そんなことより
あなたは自分が誰なのか理解してる?今この瞬間に生きてると誓言できる?」
わたしの目を覗きこみ、こう尋ねる者がいたら、わたしは文字どうり全身全霊を
もって応えざるをえないだろう。なぜならこの間いが生涯の終わりに、あるいは−−
生涯を通じて唯一、問う価値があると思えるから。
恋愛を恋愛と捉えているかぎり本当の問題はみえない
友好を友好とみなしているかぎり真の友好には至らない
敵を敵としか扱わないならば真の友はみあたらない
自分を自身と直面させなければ生命の歌は聴こえない