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巻頭言
(ニートとニートでない人の違いは?)
過日、NHKの討論番組で、「ニート」や「フリーター」についての議論がなされていました。議論自体は、私達大人がつくってしまったこの現代社会について自己追求するのではなく、若者達にその原因を求めるもので、個々の若者の意見に聞くところはありましたが、パネラーの意見はとおり一片で全体としてはバランスを欠き、ピントはずれの気がしました。
さて、この「ニート」という言葉。僕も初めてこの時知ったので、少し調べてみました。「ニート」(NEET)とはNot in Employment, Education or Trainingの略で、「職に就いていず、学校機関に所属もしていず、そして就労に向けた具体的な動きをしていない」若者を指すそうです。ふむふむ。そして、日本にはNEETに分類される若者の数は68万人いると言われているそうです。ちなみに、労働政策研究・研修機構副統括研究員の小杉礼子先生によるとニートには四つ類型化があるそうです。
Tヤンキー型 反社会的で享楽的。「今が楽しければいい」というタイプ
Uひきこもり型 社会との関係を築けず、こもってしまうタイプ
V立ちすくみ型 就職を前に考え込んでしまい、行き詰ってしまうタイプ
Wつまずき型 いったんは就職したものの早々に辞め、自信を喪失したタイプ
人は、何らかの「生産的活動」をしてこそ「人」である。消費するだけ、受けるだけの人生ではダメである。というテーゼがありそうです。また、こういった若者が増えてしまうと日本国自体の将来が危ないという危機感もあるのかと思います。
私自身、ボラに来る人は、やはり、学生は学業と両立し、社会人においては、自らの仕事をこなしつつ活動に参加することを望みますが、この「ニート」と呼ばれる状態にある人がボラに来ていただくのも大歓迎です。何故なら、「ニート」のうち、本当に自己中心的刹那的な人がいるならば、それはそれに相応しい人生が待っているのであろうし、それを私達がどうこういえるものではないからです。(いま風に言えば、どのような花を咲かすかはその人次第というのが分かりやすいでしょうか)。そして、確信犯を除き、その状態をみな悩んでいると想像に難くないからです。
むしろ、追求すべきは、国家レベルにおいては、この日本国の危機的な財政破綻と未だ希望を持てない未来像であり、社会においては、このニートと呼ばれる人達に多くの社会勉強の機会を与えない家庭と地域の希薄化であり(知識偏重の学校教育も含む)、個々人においては、何を大事にするか知らずにいることなのでしょうか。
「無責任」、「無関心」、「不道徳」、この3つは、ニートに限らず、働いているはずの人も含めて、各々考え、足りないところを補い、そして、社会の中の自分の立場を考えて修正していく必要があるかと思います。それが、人の良いところ、悪いところを知り、そこから出る優しさにつながるのではないかな、なんて感じました。/プロペラ代表 熊 川 英 輔