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巻頭言
巻頭言(残したいもの)
皆様こんにちわ。いつもプロペラの活動にご参加、協力くださりありがとうございます。この巻頭言は私自身が日々の中で感じたり、考えたりしたことを「言葉」にしておりますが、今回は、少し視点を変えて、「人はその人生において何を残すのか」、即ち前号の「健太郎君」の話にも繋がりますが、「人生=人の生き方」について言葉を繋げてみたいと思います。

さて、私自身人生の残りを考え、この先に何を残せるか考えることが多くなりました(何ができるかはその時々に可能な限り考えるのですが)。

一般的に、人はその人生において、家庭家族を持ち、家、土地を持ち金銭を残し、それを自分の娘、息子に託す。また、日々の生活の中で、その家の風習慣習を、言に暗に示しそれを伝承します。即ち、限られた時間の中、自分の生きた証として、様々なものを、「必ず」「何か」残しています。そのかたちは、目に見えるもののほか、直接的には目に見えにくいもの−家族の繋がりであったり、仕事の成果であったり、もしくは記憶(思い出)であるかもしれません。

よく、目標を持った人間と目標を持たずに日々を安穏と暮らしている人間では、その設計図の描き方、人生の結果において雲泥の差があるといわれます。また、「人は頭の中で日夜思い描いている人物になる」という言葉もそのとおりであると思います(勿論その思い描く中身は、人それぞれ)。

さて、自分が何を残したいか考える場合、まず、何故自分がボランティア活動に参加しようと思ったのか、もしくは何故続けているのかから考えなければなりません。きっかけはともあれ、私自身が続けている理由は、それを実行する「必然性」や足りないものを補う「補充性」という二つの言葉に凝縮されそうです。ただ、なかなかその中身をわかりやすく説明するにはまだまだ自分の中で練りきっておらず残念です。愉しさというエッセンス、やっていて無理がないという中庸の心持ちも私の中では必要なようです。

ともあれ、遠大な目標を問われれば、「日本に住む人すべて一日1回ボランティア活動運動」。中期的な目標といえば、「さいたま市に、多くの人が住みやすい、幸せな地域をつくること」。短期的な目標といえば、プロペラをもっともっとしっかりさせ、知的障害を持った人、家族、ボラの繋がりをもっともっと深めることです。

結局のところ僕の残したいモノは、「物」ではなさそうです。プロペラ代表  熊 川 英 輔