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巻頭言
1980年代後半、人の価値観の多様化が叫ばれ、正しいことや間違ったこと、道徳的な心と不道徳なものの混在、偏差値一本主義から「知」以外の幅広い人間性の回復、人間中心主義から地球中心主義への目覚め(環境問題、温暖化、自然との共生等)、物質的満足から精神的満足へ、等様々な、今まで人が無関心であった、気づいていてもなかなか実行に移せなかった、移さなかったことがらについて、大きな広がりを持ってきました。
もう少し焦点を絞れば、「オウム事件」に代表される若い人たちの「心の砂漠」をどう癒すのか。
これは沢山の著作がでていますが、ここでは、やはり、学校偏差値教育の弊害と家庭の基礎教育の不足=物事に関する無関心、無責任、不道徳。自己と地域社会との繋がりを教えられなかった、知らなかった、社会の一構成員として自己の果たす役割を考えなかったことを強調したいと思います。
他者への優しさや思いやり、自己研磨と言い換えても言いし、欲望は自分が制御しなければならないと言ってもいいかもしれません。
さて、時は進み、2007年の今に求められている新しい、次の日本を作る世代は何を自分の糧、価値観になっていくのでしょうか?
私は、この多様化した価値観が取捨選択され、大きな原則に再び回帰し始めているのではないかと最近感じています。
それは決して、「知」のみの偏差値教育に戻るのではなく、心の豊かさや心の教育を無視したものでもなく、日本人の豊かな感受性や「和」の精神を基礎に、それを昇華した新しい価値の時代に突入するのではと思うのです。
即ち、人が本来持っていて今まで十分に機能させていなかった、自ら封じ込めていた、磨かなかった、『心の琴線』に焦点が移る、人の関心が増してくるのではと思うのです。
西洋的な合理的な思考や自己責任の観念を組み込みながらも、高度な知性と理性を持った人間が、更に人の「悩み」や「苦しみ」「悲しみ」「喜び」を認識、理解し、感じ取る、これが共通の価値観の大原則のひとつになっていくのではと思う次第です。
自己認識について大分理解が進んだ現代において、更に人として進歩、進化しうる時代が明けてきたのではと感じているのです。
勿論一朝一夕でなされるものでもないですし、この書いている私本人もまだまだその境地、琴線を絞りきれていない状態です。
しかし、これがコモンセンスになった時には、今叫ばれている、教育の荒廃、地域の希薄化、自己研鑽不足は過去の遺物になっていくと信じています。
皆さんはどう考えますか?
プロペラ代表 熊川英輔